妖狐死してなお石に妖気をとどめ
九つの尾ふるいてその毛並を女の肌へと変ず
今週の妖怪絵札は九番目ということで九尾狐です。メジャーもメジャー。様々なところでネタに使われていますね。
解説も特に必要ないと思いますが簡単に。インドの華陽婦人、中国のダッキ、日本の玉藻前等の美女になり、王をたぶらかして国を傾けたお方です。
その中の日本の玉藻前について少し説明しますと、まあ時の鳥羽法皇が、頭がよく様々な事柄に詳しい上に(まさに)傾国の美女であった玉藻に目に付けまして、自分の妃にするわけです。鳥羽院はゾッコンで玉藻前を寵愛するんですが、どうにも様子がおかしい。陰陽師安倍康成が調べてみたところ、玉藻前の正体はインド、中国と国を乱してきた九尾狐。そういう訳でばれてしまった玉藻はその本性を現し、那須野原にて退治される訳です。
しかし、その玉藻前の力はその那須野原の石に宿ってしまいます。空を飛ぶ鳥や動物がその石の毒気にやられ、石の周りは鳥獣の遺骸が散乱する有様。やがてそのことを話に聞いた玄翁和尚は、殺生石の元に赴き、石を化度し、その錫杖で石を砕いたのです。それが今の那須野湯元の殺生石だとか。
殺生石は去年栃木在住の友達の家に遊びに行った際にわざわざ連れて行っていただきました(ありがとうございました)。温泉地帯で、硫黄の臭いがプンプン。実際硫黄ガスの濃度がその石付近は凄いので危ないのです。石の近くにそのガスにヤラレタのか、何かの小動物の白骨がありました。
殺生石の破片を祀っているお寺やら、玄翁和尚が供養をする前に供養に失敗し死んだ僧のお話などもありますがまあそれはまたの機会にでも。
ちなみに皆さん一度は頭を掠めたことがあるのではないでしょうか。『なんで尾が「九」つ?』
由来あるんですよ。昔調べました。
元はと言えば、九尾の狐は妖獣ではなく、吉兆のしるしとして現れる霊獣だったんです。ルーツは中国なんですが、中国において、「九」という数字は幸福の最大数なんです。それ故、九つの尾を持つ狐は子孫繁栄、未来幸福の象徴だったんです。中国の民謡には昔、「塗山の九尾に会えば王となり、塗山氏の娘を娶れば家が栄える」というのがあったとか。
しかし、中国の怪奇小説や日本の玉藻前伝説により今の妖獣のイメージが強くなってしまったんですね。
昔は何かと王が堕落するとその妃のせいにしたりしたようですね。ダッキだのホウジだのそんな話がいっぱいあります。そういう悪女のことを飛縁魔とかいうんですが、王が悪いよ 笑。もしくは王『も』悪いよ。
何かいくらでも書けそうなのでこの辺でやめようと思いますが、『美しい』ってのは異常に強い力を持ってますよね。いつの時代でも美女(もしくは美男)の為に人生懸けてがんばる人はぎょーさんいますからね。そこに目を付けた九尾は正解だったとおもいます 笑。
最後に、昔この僕の描いた九尾の絵を友達に見せたところ、エロいって言われました。
オヤオヤ…笑
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